澱ノ道

澱みに浮かぶ塵芥は 身どもの心の有り様で

停滞は徳、澱みは善。

んべろんべろ

 

澱ノ道の暮らし指南:停滞の三徳
 
現代社会では「停滞」は悪いことのように言われます。
立ち止まれば「怠けている」と思われ、何もしない時間は「無駄」とされます。
 
けれど澱ノ道では、むしろ人はもっと停滞すべきだ、と考えます。
ブレーズ・パスカルは『パンセ』のなかでこう言いました。
人間のあらゆる不幸は、ただ一つのことから生じる。
すなわち、人が部屋で静かにじっとしていられないこと。
人は動き、追い求め、外に出ては失望やトラブルに巻き込まれる。
それこそが不幸の源泉だと。
 
澱みに浮かび、ただ揺蕩うように生きる。そこには三つの徳があるのです。

一、存在の徳 ― ただ在ることの価値
 
澱に浮かぶ塵芥が、流れに逆らわず留まっているように、
人もまた「ただ在る」だけでよいのです。
何かを成し遂げなくても、進歩しなくても、生きていること自体が尊い
停滞は「存在そのものを肯定する」道なのです。
 
二、休息の徳 ― 力を抜くことの智慧
 
何もしない時間は、心と体を休ませる恵みのとき。
横になって眠ること、窓の外をぼんやり眺めること、
一見「怠け」のようでも、実は世界の急流から身を離し、心を澄ませる大切な時です。
休息は停滞の中にこそ宿ります。
 
三、回復の徳 ― 沈殿の後に澄む
 
水の中で澱が沈むと、やがて水が澄むように、
人もまた停滞の時間を経て、新しい力を取り戻します。
焦らず立ち止まることで、次に歩み出すための準備が整うのです。
停滞は未来への回復をもたらす贈り物です。
 
澱ノ道に生きるとは、
「停滞=怠惰ではなく、存在・休息・回復を授ける時間」と理解し、
心ゆくまで揺蕩うこと。
 
それこそが、急ぎすぎる現代の中で
最も豊かに生きるための澱ノ道なりの生き方なのです。
 
ただ一心に 澱みを想って
んべろんべろ
ただ無心に 心の澱みを映して
んべろんべろ